韓国なんて要らない(謝罪しません)

いずれは断韓すべきと考えている、韓国批判ブログです。「親韓派とのディベートに勝てる」、理性的な記事を目指します。タイトルは話題になった週刊誌から。ただし、私は謝罪いたしません。

疑惑の玉ねぎ男、チョググを法相にせざるをえないワケ(2)

昨日のブログで
チョググは親北朝鮮の極左で
逮捕を通り越して、裁判で有罪判決まで受けていること
秘書官として政権に入ってからも
反日の差別ブログを書いており
もしこれが日本だったら
法相以前に、議員辞職を要求されているレベル


それでも、モンジェインがチョググを
法相に採用したかったのは
検察を言いなりにさせ、北朝鮮と統一を果たすまで
左翼政権を続けさせたいため、
というあたりまで、紹介したと思います。


ちなみに、モンジェイン政権の人事は
能力や適性によるのではなく
モンジェインと一緒に、左翼の活動を行った
いわば、お友達内閣を通り推した
親北朝鮮・同志内閣
共産党活動家内閣」とでも言うべきものです。
となると、チョググを何としても外すわけにいきません


そこで行ったのが、釈明会見です。
時間は11時間にも及び
吉本の芸人さんが「うちの社長の倍」と言ったほどの
長さではありましたが
実は、これは完全な「出来レース
日本の政治家が選挙を済ませると
「みそぎがすんだ」と言って、かなりの疑惑でも
握りつぶしてしまうのと同じレベルの記者会見でした。


「出来レース」と呼ぶには、当然理由があります。
野党の追及の甘さ、ふがいなさは
いったんおいておきます。
問題は、追及をした記者の立場です。
あの記者は、チョググの不正を暴いた記者ではありません。
政府与党の番記者で、
しかも、まだ駆け出しに近い立場の記者です。
チョググの疑惑については、持っている情報も追及のやり方も
素人に毛が生えたようなもので
それでも最初はよたよたながら、頑張ってはみたものの
途中で力尽きて
携帯電話で本社に連絡し、何をどう質問すればいいか
指示をあおいでいました。


いくら韓国で関心が高いと言っても
11時間の中継を、特に記者の様子を
じっくり見られるような暇人はなかなかいないのは当たり前で
釈明会見の後では、チョググの任命の
賛成派と反対派がほぼ同じくらいとなっていました。
それをひっくり返したのは
数日後に起きた、チョググ夫人の文書偽造罪での起訴ですが
もしこれが起きなければ
かなりの確率で、韓国世論はチョググの任命を
支持したことでしょう。
かなり高かったことでしょう。


もう一つ
おそらく、日本でこの騒動を見ている人は
ほとんどすべてが疑問に思っていることが
あると思います。


前のパククネ政権では、
本人とは関係ない、単なる大統領の親友の娘の
不正入試事件が
政権を揺るがす大事件になったのに
なぜチョググは
実の娘の不正入試
しかも、妻は大学からの賞状を偽造
娘は不正入試で入った大学で
二度も留年しているのに、奨学金をもらっているという
比べ物にならないほど悪質な状況なのに
国民が怒らないのだろう、ということです。


実は、これもモンジェイン政権が一枚かんでいます。
しかも、かなり巧妙な方法を使いました。
その方法とは、映画です。


韓国では、映画は単なる娯楽ではなく
一種の政府のプロパガンダの役割も果たします。


たとえば、毎年8月15日近辺になると
数多くの反日映画がつくられ、上映されます。
この頃は、独立運動の話だけではなく
慰安婦や、徴用工を題材にしたものが目立つようになりました。
もちろん、すべてはフィクションですから
慰安婦は日本軍に強制的に引きずられていきますし
徴用工は地下の坑道に閉じ込められて、
ダイナマイトで殺されそうになります
韓国ドラマでおなじみの、派手な感情表現の後で
善良な韓国人たちは救われ
冷酷な日本人たちは、たいていは殺されて、ざまあみろ
韓国らしい「ハッピーエンド」になっています。


もちろん、映画には
「この映画はフィクションです」と断り書きは入っているのですが
この映画をみたあとの韓国の反応は
「日本軍がどんなに残虐か良くわかった」
「この被害者のことを
語り伝えて行かなくてはいけないと思った」などと
かなりの影響を受けている人がほとんどです。
これは、日本でいえば、一昔前の大河ドラマに対するものと
近いかもしれません。


モンジェイン政権は、
チョググを任命する前に、これをやりました。
国策映画による、イメージ操作です
具体的には、韓国で17年12月に公開された映画
1987、ある闘いの真実」がそれです。
軍事政権下の韓国で
学生運動で逮捕された大学生が尋問中に死亡した事件を
もとにして作られたフィクション映画です。


とはいえ、
拷問に近い尋問のシーンは
韓国ドラマに出てくる「イジメ」のように
非常にリアルに描かれていて
過去の軍事政権下で行われていた
(らしい、と言われています。確証はありません)
だけであるにもかかわらず
まるで、今でも同じ拷問をやっているように
誤解させるような撮影の仕方
をしていました。
学生に対するひどい弾圧をしたのが
検察だと思わせるように
反日映画の中で日本を描くときと
同じような手法で検察を扱っていました。


映画は、新聞記者と
腐りきった検察の中の一人の検事が
死闘の果てに民主化を勝ち取る、というハッピーエンドに
なっていますが
私にはどう見ても
「だから、検察改革をしなくてはいけない」
現検察勢力=軍事政権の名残=悪
検察改革=民主化=善
と国民に思い込ませるための
強い政治的な意図
があるようにしか
見えませんでした。


繰り返すようですが
韓国での映画公開は17年12月
モンジェイン政権のもとです。
確かに、どう考えてもパククネ政権下では
作れるはずもない映画でした


チョググの法相就任の話が出てきたのは
この映画の公開の後です。
つまり
国民に「検察改革は必要だ」
と思いこませた国策映画を先に公開し
映画のイメージを受けて
「あのひどい検察の尋問を受けて
 生き延びたチョググが
 今度は、悪の巣窟の検察を改革する」と
思いこませる構造になっているわけです。


同じ不正入試疑惑でも
チョググに対する風当たりがさほど強くないのは
このイメージ操作が、かなり効いているからだと思われます。


それにしても
イメージ先行で、論理的に物を考えない隣国
まさに、厄介な国の隣国になったものだと思います。